気になるが、「感想」との文言に、書く人の個性の露呈を感じる。出来事の記録だけでなく、書く人の内面をも記述するもの…… だから、扱いが難しいのだが、書く人にとっては「話してスッキリした」的な雰囲気になる事もあると思う。だからではないが、昔のページを読むと、やたら高揚した気持ちで書かれているのにもかかわらず、詳細を思い出せない事が多い。つまり、その時に盛り上がっただけで、大したことではないのだ。
くどいようだが、なぜ日記など書くのだろうか。頭の中でぶつぶつ考えているだけでなく、書けば落ち着くから。今の気持ちを書いておきたいから。とにかく万年筆で文字を書きたいから。なかには子供や孫など、子孫に己が存在していた事を知ってもらいたいから。知ってもらって何になるのとも思うが、この気持ちはなんとなく理解できる。回顧録のネタとして。政治家だ。エッセイを自費出版したいから、そのネタとして。よくある定年後の企て……
なんとなく日記には、2種類あるように思えてきた。第一、暦日に出来事を記述する。第二、その時に感じたり、思ったり、考えたり、喜んだり、悩んだり、悲しんだりしたことを書くことにより整理整頓する。または捌け口として記述する。この場合、感情移入が激しく、ややもすると支離滅裂っぽくなる事が多いように思う。読み返して、これは何なんだ?は、ほとんどがこの部類だと思う。
とかなんとか、取り留めもまく、まとまりもなく書いている。きりがない。ま、こんな内容も日記の一種かも知れない。
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